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◇注意◇ このページは、吉祥果の続きです。



『吉祥果』続き


                         いわさ  れん


ざくろの木は春を待たずして、寒空の中、園芸業者のチェーンソーが出す鈍い音と共に、いとも簡単に切り落とされた。
その時僕は、秋に取って置いた幾つかの種を、こっそり庭の外れに蒔いた。春になり、その内のたった一つだけが芽を出したのだ。
「このまま、ここで育てば、きっとまた切られるんだろうね。それでも、お前は芽を出した。今度はもうチョット甘い実をおつけよ。ねぇ。そうすれば、きっと今度は切られないで済むだろうから」
僕はなんだか妙に、懐かしい気持ちだった。そして屈んだまま、暫し新芽を眺める。ふと背後に、何やら気配が近づいたのを感じ、僕は振り返った。
「そうか。これはざくろの芽だったのか」
そこには僕の父親を名乗る人物が、静かにそう言い、立っていた。
「珍しいな……。でもこのままじゃ、手入れの時にうっかり踏みつぶされかねないな」
そう言い、辺りを見回している。
「そうだ、祥音?お前の左にある、掌くらいの石を選んでいくつか持っておいで。ここに囲いをするんだ」
彼の意表を突く言葉に、僕は驚いていた。
「あ……っ、は、はい……」
僕は慌てて言われるがまま、庭の隅にあった角の取れた楕円の石を5〜6個、新芽の前で座り込んで待つ彼の足元に集めた。それを彼は受け取ると、湿った泥土を気にすることなく素手で浅い溝を掘り、石を一つずつ丁寧に並べていく。
ほんの数分で、直径30センチほどの石のサークルは出来上がり、ざくろの新芽は根を張れるだけのスペースを得た。
「よし、これでイイ」
ぱんぱんと手に着いた土を払い、彼は満足げにそう答える。
「あの……」
僕はふと気になり聞いた。
「どうして……怒らないの?」
彼は僕の顔をじっと見た。
「何故そう思う?」
「だって……ざくろは、いらない木だったんでしょう?だから切ったんだよね……」
「いらない、っか……そうか。いや、お前はどう思う?」
聞き返されて、僕は口ごもる。
「この世にはな、無駄に存在するものなど、ありはしないんだよ。どんなに小さな生き物も、どんなにありきたりな雑草でも。芽吹くのにはちゃんと訳があるんだ。なぁ、祥音?お前はこのざくろの種が、初めから無事に芽吹いてくれると、そう思ったか?」
僕は頭を横に小さく振った。
「……本当は、この辺りに10個は埋めたんだ。もう少し出ると思っていた。だけど、芽が出たのはこれ一個だけだった。……だから、せめてこれだけは誰にも見つからないで育てば良いな、って……」
彼は立ち上がり、うんと大きく背伸びをした。
「10個の種がみんな芽を出すとは限らない。芽を出せない種もある。出してもすぐ枯れる種もある。確かに種を生んだ木はもうここにはない。けれど、お前はその木が残した種をまた土に植えた。だからな、これがたった一つだけ芽吹いたのも、それなりに意味があっての事だろう。それを、私は守っていきたいと思った……それだけだよ」
彼は笑って、そう答えた。
言い終わった後、彼の目は西の空に見える、やや霞んだ山の稜線を追っていた。それは少しだけ遠く、微かな追憶に浸っているようにも見えた。
「人だって同じだ。理由はどうであれ、生まれるのにはちゃんと意味がある。……祥音?そういうものなんだよ」
「…………」
僕は何も答えられなかった。
戸惑う僕をみると、彼は少しの間を置いて、更に話を続ける。
「ざくろの実はね、人の子を喰う鬼を諭し、やがて人の子を守る神に変えた実だといわれている。別の名を『吉祥果』とも言うんだ。沢山の命となる種を育む、幸多き実……そう、吉祥の果実なんだ。お前の産声が、きっと私たちに多くの幸を運んでくれる、そういう願いを込めた。だから、お前に『祥音(さがね)』と名付けた……なぁ、結構、良い名だろう?」
気恥ずかしそうにしながら、彼は僕をみて笑っている。いつになく子供じみた笑顔で。
「祥音は、この世にたった一人しか存在しない。お前は私の、大切な子なんだ……」

僕は……少しだけ胸が痛んだ。
今、僕の前に立つ、父と名乗るこの人物は、もう長いこと堅い殻を破れず、ずっと芽吹かぬまま成長を止めていた僕の心に、気がついていたのだ。彼は何時からそんな想いを抱き、僕を見つめていたのか。
僕はそんなことなど、全く気づかないでいた。
孤立と敬遠が、こんなにも自分勝手な思い込みを産むのだということを、僕はこの日、初めて知った。
きっと僕が考える以上に、彼女も、そしてそれを見守り続けた彼らでさえも、彼女自身が選択した現実に日々苦しんだことだろう。そしてそれぞれの胸の内に去来した僕に対する否定の念は、彼女の死と共に追憶へと形を変えていった。
ただ一つ。彼女が残した、何も知らないはずの僕が、その事に気づかぬように、それだけを願いつつ……。そうして、13年目のあの日まで、誰もが素知らぬふりを演じ続けた。
もしかすると意外にもそれは、彼らなりの僕に対する最大の愛情表現だったのかも知れない……そんな気がした。
そう。僕には自分が感じている以上に沢山の愛情が注がれ、そして、守られていたのかも知れない……。
そう思えた次の瞬間、ずっと避けていたある言葉が、自然に僕の口から零れ出ていた。

「……とう、さん……」

彼は驚いて、僕の顔をじっと見たまま、暫く動かなかった。

やがて、綻んでいく彼の目尻には、僅かに光るものが、溢れ始めていた……



                     了

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